スラムダンク名場面 生き方に活かせる名場面3選をピックアップ

スラムダンクは言わずと知れたバスケの不朽(ふきゅう)の名作ですが、

スラムダンクの名場面には、人生に活かせるものがあるように思えます。

ここではスラムダンクの名場面のうち、

個人的な好みで3つの場面をチョイスして、

人生にも活かせる生き方を考えてみたいと思います。

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スラムダンクの名場面から考える生き方 コツコツ頑張ってきた小暮の3Pへの祝福

まず初めに湘北の副キャプテン・小暮が、

陵南戦で3Pシュートを決めた場面から見ていきたいと思います。

湘北vs陵南の試合の終盤、

陵南の田岡監督は、湘北に不安要素があることを指摘する場面があります。

その一つが「選手層が薄い」こと。

湘北で怖いのはスタメンだけで、控え選手は層が薄いと考えていて、

確かに小暮は才能あふれる選手ではなく、普通の選手ではありました。

そのために田岡監督は、

試合の終盤にディフェンスに定評のある池上に、こんな指示を出します。

「赤木・流川にボールが渡ったら 必ずWチームにいけ

 小暮はある程度 離しといていい!」

そして桜木にボールが渡ると、桜木は流川ではなく小暮にパス。

赤木「小暮 フリーだ!打て!」

そして小暮が3ポイントシュートを放つと、放物線を描きネットを揺らします。

周囲の驚きの声や表情は、そのシュートの意外性を物語っています。

ただ喜び合う湘北のメンバーや湘北を応援していた人たちにとって、

単にシュートが入った喜びだけではない空気が流れていたように思えます。

それは強烈な個性があるわけでもなく、特別な才能に恵まれていたわけでもなく、

ごく普通の小暮がシュートを決めたこと、

そして控えが多かった小暮の、

3年最後の大会を迎えてのシュートだったことが、

応援していた人たちにとって「この人のシュートだから嬉しい」

という気持ちを湧き上がらせたように思いますし、

それは読んでいる私たちにとっても同じなのかもしれません。

そしてそれは、その後の田岡監督の言葉に集約されているように思えます。

「あいつも3年間がんばってきた男なんだ

 侮ってはいけなかった」

この言葉は裏を返せば、

湘北メンバーや湘北を応援している人たちから見た、小暮像そのものだったことでしょう。

そして読者も、湘北の苦難の時代、部員が去っていく時代があったことを知っています。

それでも小暮は辞めなかった。

そのことが小暮の3Pシュートに対して、

読者を含めて見ている人が、余計に嬉しいと思った要因だったように思います。

地味でも目立たなくても、人はやっぱり見てくれているので、

ずっとコツコツ地道に頑張っていると、周りの人は同じように思ってくれるように思います。

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スラムダンクの名場面から考える生き方 自分の役割を認識した瞬間の魚住

次は陵南のキャプテン、魚住の名言になります。

「オレはチームの主役じゃなくていい」の場面です。

その前を少し振り返りますが、魚住は4ファウルで後がない状況になり、

そのことで逆に集中力を増したプレーを連発します。

そして湘北との練習試合のことを振り返る場面があり、

赤木の得点感覚に及ばない自分を自覚することになります。

「ゴール下の得点感覚 奴のそれは天性だ

 オレにはない」

「オレの負けなのか?」

「イヤ、そうじゃねぇ」

そう奮(ふる)い立つと試合で仙道にパス。

受けた仙道は福田にパスをして、チームとして得点を上げることに成功します。

「うちには点をとれる奴がいる

 オレが30点も40点も入れる必要はない」

「オレはチームの主役じゃなくていい」

その後は試合でも調子の良い赤木や桜木を相手に、リバウンドをもぎとるように取り、

その時には、赤木や桜木との体のぶつかり合いがありました。

「こういう仕事はオレに任せろ」

そう言う魚住もカッコ良かった。

赤木に対して劣る自分を認めたことや、他の人を活かす役割に回ったことは、

決して諦めではなかったと思いますし、

「こういう仕事はオレに任せろ」

その発言からは、全体での自分の役割に気づいた瞬間。

それがあの瞬間だったように私には思えます。

それは山王戦で赤木が気づいたことにつながっていきました。

スポーツでどれだけ才能があったとしても、

世界は広いですので、どこかで自分より優れた人に出会うのだと思いますが、

そんな時に魚住のように自分の役割に目覚める瞬間があるのなら、

スポーツって素晴らしいなと思います。

また魚住は、仙道の言葉に落ち着きを感じ、

「アイツの方がキャプテンにふさわしいんだろうな」

と思う場面がありますが、

人と自分をじっくりと、そして冷静に客観視することは、

とても難しいことに違いありませんが、

全体の中での自分の役割に気づくには、

そうした客観的な目を持つことが必要なのかもしれません。